楽しい時間はここまでです。

墓泥棒のボーカル石井のブログ

なんにもできないくせに なにかをやろうとしてんだ

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3月12日、倉敷REDBOXにて、墓泥棒にとっての今年初ライブを行いました。



当ブログでも繰り返し書いてきた通り、今年の目標は「お客さんを呼べるバンドになること」です。

今回のライブでは、18人のお客さんに足を運んで頂くことができました。

おかげさまで、墓泥棒としては初めてチケットノルマをクリアすることができました。お越し下さった皆様、本当にありがとうございました。


とは言え、今回18人ものお客さんに来て頂くことができたのは「たまにしかライブをしないから」「最近お誘いしていなかった方々を久々にお誘いして、来て頂けたから」という要因が大きいと思います。

毎月毎月ライブをして、こんなに多くの方に来て頂くほどの人気は今の我々には絶対にありません。

今回は様々なプラスの要因が重なった、まぐれ当たりみたいなものだと思います。あるいはご祝儀的な。

真価が問われるのはこれからです。


果たして、今回のライブに来て下さった皆さんに「また来たい」と思って頂けるようなライブができたかどうか?

正直言うとかなりミスもありましたし、機材トラブルもあって見苦しい(聴き苦しい)点も多かったと思います。僕も、途中あまり声が出なかった部分があったりして、ライブの内容としては、はっきり言ってかなり不満が残りました。

せっかく今までに無いほど大勢のお客さんが見て下さっているのに、そのチャンスを活かせなかったことが情けなくて、ライブ後、自分達の不甲斐なさに怒りすら込み上げて来ました。

それは僕以外のメンバーも同様でした。

終わったことはどうにもならないですし、それを糧にして成長していくしか無いのですが、今回来て下さったお客さんが今後また来て下さるとは限らないので、ここで納得のいく結果が出せなかったことは本当に悔しいです。


ただ、ボロボロだった自己評価とは裏腹に、多くの方々からライブ後にお褒めの言葉を頂戴しました。

「前より音のバランスが良くて聴きやすかった」「歌詞が聴き取れた」「今までで一番ノリやすかった」等、自分達が変えていこうと意識して変えていった部分がちゃんとお客さんに伝わっていて、それは素直に嬉しかったです。

技術面やメンタル面が追いついていなくて、自分達が表現しようとしてるものが表現しきれていないのが非常にもどかしいのですが、目指そうとしている方向性に対して自信を深めるきっかけにはなったと思います。


もし、今回のライブで少しでも墓泥棒に魅力を感じて頂けたのたら、どうか追いかけ続けてみてほしいです。

絶対にもっと面白いライブができるバンドになりますので。

まぐれではなく真の実力で、大勢のお客さんが集まって来てくれるような輝きのあるバンドになれるまで、精進し続けます。


改めて、本当にありがとうございました。
石井

歌詞紹介その6、『ネガティヴ・ロマンチスト』

こんばんは。石井です。

今回は出来たてホヤホヤの新曲『ネガティヴ・ロマンチスト』の歌詞を初公開したいと思います。

それではご覧下さい。





『ネガティヴ・ロマンチスト』


君のお望みの逝き方はどれ?
鳥葬? 火葬? 埋葬?
何度祈りを捧げたところで
甦って歩き出してしまいそう

きっと僕はまだ君の奴隷
Just so l sold my soul.
変わり果てちまったはずの心で
歌い出すよ あの頃のように my song

破滅願望じゃない ただ 傷口に触れたい
この苦しみにも あの過ちにも
何かしらの意味があった
ってことにしたいだけ

ネガティヴ・ロマンチスト
そんでもってさらにマゾヒスト
幾千の針の山に
わざと飛び込んで行くんだ

ネガティヴ・ロマンチスト
気分はまるでジャーナリスト
すべて白日の下に
晒し出そうとしてるんだ oh yeah

罪の数だけ増えるボキャブラリー
背中に積み上げられたディクショナリー
危ない橋だけを渡るスタンプラリー
踏み外しでもすりゃそこで終わり

言葉が凶器なら 歌は兵器かな?
憂鬱な運命を 退屈な日常を
ぶちのめして 蜂の巣にして
笑ってたいだけ

ネガティヴ・ロマンチスト
そんでもってかなりナルシスト
なんにもできないくせに
なにかをやろうとしてんだ

ネガティヴ・ロマンチスト
その手口もはやテロリスト
自爆覚悟のスタイルで
なにか変えようとしてんだ

くじ引きみたいにして 掴まされた詞で
並べ替えた ありふれた歌
僕が歌えば 僕にとっては
それで素敵 僕は無敵
ってことにしたいだけ

ネガティヴ・ロマンチスト
そんでもってかなりナルシスト
なんにもできないくせに
なにかをやろうとしてんだ

ネガティヴ・ロマンチスト
今夜だけアーキオロジスト
君が眠るあの場所に
お宝を探しに行くんだ oh yeah





この曲は、このブログでもさんざん言ってきた
「今年の墓泥棒は昨年までの墓泥棒とは違うぞ。」
という意気込みを、煮詰めて煮詰めて出来上がった【第二の墓泥棒のテーマ】とでも呼ぶべき一曲です。

サビの一部のフレーズだけはかなり前から頭にあったものの、サビ以外が思い付かなかったため封印していたものを、この度ようやく引っ張り出すことが出来ました。

タイトルでありサビの歌い出しにある【ネガティヴ・ロマンチスト】とは、まさしく僕自身の人間性を指していて、けっこう的確な表現だと思っています。笑


『ゆ・め・み・が・ち ~墓泥棒のテーマ~』でも歌っているこのバンドの核となる部分を再解釈した歌詞になっていて、心のどこかに眠っている【葬り去った過去】や【押し殺した感情】を掘り起こすために冒険に出るような、後ろめたさもありつつ、でもどこかワクワクしてしまう、そんな気持ちを歌った歌です。

ようするに、墓を荒らしに行く歌ですね。笑


リズミカルで気分が高揚していく感じにしたかったので、未だかつて無いぐらいに韻を踏みまくっています。

また、普段なるべく歌詞に英文は使わないようにしてるんですが、どうしても「埋葬」と「my soul」を掛けたかったので英文を使用しました。

(「Just so I sold my soul.」和訳すると「ただ僕は魂を売った」という意味です)

そういった裏技のおかげもあってワクワク感はかなり出せたのではないかと自負しております。

ライブの際には、慣れない英詞をドヤ顔で歌う石井にもご注目ください。笑



…と、ライブの話が出たところで早速なのですが、明日のライブでこちらの『ネガティヴ・ロマンチスト』、初披露となります。

正直かなりの自信作ですので、是非とも多くの方に聴いていただきたいと思っております。



『Get A Grip!!』
@倉敷REDBOX
平成29年3月12日(日)
開場18:00 開演18:30
前売1,500円 当日2,000円

【出演】
レトロカラーコレクション(香川)
style free
Rough Doors
墓泥棒



墓泥棒はトップバッターで、18:30~の出演です。
皆様のお越しを心よりお待ちしております。

歌詞紹介ブログのはずが最終的に告知になってしまいましたが、それだけ本気で来てほしいと思っています。

『ネガティヴ・ロマンチスト』のデビュー戦と墓泥棒の勝負の一年の始まりを、ぜひ見届けて下さい。待ってます。


石井でした。

歌詞紹介その5、『ありがとうが聴こえなくなったら』

石井です。

今回は歌詞紹介の第5弾。
『ありがとうが聴こえなくなったら』をご紹介します。
それでは歌詞をご覧下さい。





『ありがとうが聴こえなくなったら』


「ありがとう」が聴こえなくなったら
僕は真っ直ぐ歩けない
君だけだよ 進むべき道を
明るく照らしてくれるのは

いつもこんな時どうやって
君の笑顔取り戻せたんだろう?
いつもと同じように拗ねてみせて
僕のことを困らせてよ

また笑って会えるのなら
どんな願いも叶えるから
「あなたは何も悪くないの」なんて
止めてよ お願い

「ありがとう」って聴かせてほしいんだ
頼りない僕だけれど
君だけだよ 僕の使い道を
正しく教えてくれるのは

いつもこんな時どうやって
乗り越えて朝を迎えてたんだろう?
いつかと同じ君のいない夜
僕はまるで覚えてないよ

他愛ないすれ違いなら
「ごめんね」って切り出すから
「誰が悪いわけでもないの」なんて
そんなの要らない

「ありがとう」が聴こえなくなっても
僕が何度でも言うよ
「ありがとう」って言わせてほしいんだ
君が言わないとしても

僕だけだろ?君といた日々の
素晴らしさを知っているのは

また笑って会える日には
思い出してくれるかな
寄り添いながら見つめ合いながら
伝え合った言葉

また笑って会えるように
思い出してほしいんだ
認め合うように 確かめ合うように
重ねた「ありがとう」





僕の書く歌詞は自分自身の思ったことを切々と綴る【自分語り】が主となってる場合が多いのですが、この曲の歌詞は僕にしては珍しく、相手(君)に対して投げかけるような言葉が主となっています。

【言い切る】歌詞が僕の持ち味だと思っているのですが、この曲の場合は歌詞にも出てくる通り【お願い】の歌なので、だいぶ弱気というか軟弱な内容となっております。笑


決して元に戻ることがないと分かっている終わった恋に対する未練と感謝を歌った失恋ソングであると同時に、「ありがとう」という言葉の偉大さを歌った歌でもあります。

自分に向けられる「ありがとう」の【ありがたさ】に、皆さんは気づけているでしょうか。

失ってから気づいても、「ありがとう」を伝えたい相手は、もうそこにはいないかもしれませんよ(ドヤ顔)。


このような軟弱な歌詞でメロディーも切ない感じなのですが、墓泥棒では四つ打ちのノリノリなアレンジになっています。

弾き語りで歌うときはバラードなんですけど、「墓泥棒にはバラードそんなにいらんだろ」というバンド内需要の問題により、そういうアレンジになりました。笑

あと、ベースに木村くんが入った直後に作った曲だったので、「今までの墓泥棒ではやらなかったこと、出来なかったことをやりたい」という気持ちも強くありました。

結果として歌詞も曲調も、墓泥棒の他の楽曲群とは一線を画す内容の作品になったと思います。

それがバンドにとって良いことか悪いことかはさておき、わりとお褒めの言葉を頂戴することが多いので、結果オーライと言えるのではないでしょうか。笑


YouTubeにデモ音源を載せているので、興味を持っていただけましたら、聴いてもらえると嬉しいです。

https://youtu.be/noRDf68qXIw

以上、石井でした。

燃やしスペシャル

我々は今、燃えている。
燃え方が分かった、とも言える。

去年の、特に後半の墓泥棒には、どのように頑張れば良いのか分からないというような雰囲気があった。

だが、今年一年を石井のバンド人生を賭けた【勝負の年】と位置付けたことにより、明らかにバンド内の空気が変わってきた。

今年の目標である
「お客さんを呼べるバンドになる」
という目標に向かって、メンバー全員が一丸となって邁進しているのを日ごと実感している。


しかしながら、お客さんを呼ぶためにはメンバーだけが盛り上がっても仕方が無い。当然のことだが、来てくれるお客さんが存在しなければ集客が増えることは無い。

自分達がどれだけ熱く燃えても、周りに燃える物が何も無ければ、それ以上燃え広がることは決して無いのである。

「周りを巻き込んで燃え広がらせていく力」
その力が無ければ、きっと今の熱量は一過性のものに終わることだろう。

そして残念なことに今までの墓泥棒は、その力が非常に弱かった。それは、長年の活動経験から、一つの劣等感が染み付いていることに起因すると思われる。(ただし木村君は除く)


墓泥棒が活動を開始したのはまだ3年ほど前の話だが、僕とマロと田淵君は以前からバンド活動をしており、キャリアとしては既に10年ほど重ねている。

その間、それぞれ幾つかのバンドを経て何度もステージに立って来たが、キャリアが長い割には皆、岡山の音楽シーンにおいての知名度がとても低い。プロを目指してバリバリに活動するようなバンドに所属していなかったことを差し引いても、だ。

あまり社交的ではなかったり、馴れ合いを嫌う性格だったりという個人の因子もあるが、ようするに長年バンドをやってても「人気が出なかった」ということだ。

それなりに集客力のあるバンドに所属していた時期はあっても、そこを離れて個人になってしまえば全く無名の存在。それを痛感させられる内に、いつしか無意識のうちに自分自身にあるレッテルを貼ってしまうようになった。

それは、
【自分は客を呼べる演者ではない】
というレッテルである。


そんな卑屈なメンバー達が結集し、その劣等感はさらに増幅する。

自分達は良い音楽をやっているという自信はあるのに、いや、自信があるからこそ、周りの評価が全くついてこないという現実とのギャップに失望する。

そして、その現実を受け止めるために用意する理屈はこうだ。

「自分達は人気が出るタイプのバンドじゃないから。」

まさに身も蓋も無い。それを言ったらおしまいである。しかし残念なことに、去年までの墓泥棒にはこのような空気が蔓延していたのだ。誰も口には出さなかったが、集客に対するメンバーの消極的な態度がそれを証明していた。

生まれながらの敗者である墓泥棒というバンドは、集客に関して完全に「諦め」という感情に支配されていたのである。


確かに、どうせ断られるなら誘わない方がいいに決まっている。

ライブに誘うにはそれなりの労力がいるし、少しでも期待を持った相手に断られた場合、いくらかショックも受ける。また、乗り気ではない相手をあまりしつこく誘ってしまうと嫌われるというリスクも孕んでいる。人をライブに誘うというのは結構神経を使うのである。(ライブに限ったことではないが)

ただでさえ厄介なものである上に、我々は先述したようなレッテルを自身に貼っている。「自分の歌や演奏では客は喜ばないのではないか」という不安を抱えているのだ。

そんな人間が新規のお客さんを開拓するには、かなりの勇気が必要だ。来てくれる可能性が低いお客さんに対して声をかけるのは「恥ずかしい」と感じてしまう。お呼びでないと突き放されたり笑われたりすることを恐れてしまうからだ。

その結果どうなるか。ある程度の確率でライブに来てくれる繋がりの深いお客さんや、余計な遠慮のいらない気心の知れた友人しか誘わなくなる。リスクを負わず、最小限の努力しかしなくなる。

ライブ告知の方法も、労力が少なく、煙たがられる心配の少ないSNSでの発信などに限られ、それに対しても実質的な集客効果は期待しておらず「活動してますよ」ということをなんとなくアピールするだけで満足してしまう。

それこそがまさに、去年までの墓泥棒の姿である。


しかし、何度も繰り返しているように、今年の目標は「お客さんを呼べるバンドになる」ことだ。

文章の序盤で述べた通り、自分達が燃えるだけでなく、周りを巻き込んで炎を燃え広げさせていかなければ、この目標は到底達成できない。

現時点で周りに燃える物が少ない我々は、強い風を起こし、火の粉を巻き上げ、力ずくで火の手を拡大させていくしかないのだ。

それこそが、ある意味、音楽的な部分以上に我々がクリアしなければならない絶対条件なのである。


だからいつまでも、ちっぽけな劣等感に囚われているわけにはいかない。

笑われたっていい。無視されたっていい。一人でも多くのお客さんにライブに来てもらいたい。そのためには、幾ら断られたって何も恥ずかしくなんてない。

今まで誘わなかった人にも来てほしいと思えるぐらい良いものが見せられる自信があると、胸を張って言えるから。

きっと今はメンバーも僕と同じ気持ちだと思っている。


すでに僕をはじめ、メンバー皆が、今まであまりお誘いする機会の無かった方々に、3月12日のライブへのお誘いを直接お声かけさせてもらっているので、面食らっている人も大勢いらっしゃることだろう。

正直、迷惑に思われる方も少なからずいると思う。それでも、ほんの少しでも可能性があると思われる限りは、今後も性懲りもなくお声をかけさせていただく。

その裏には、今回のブログに記したような想いがあるのだということを、どうかご理解いただきたい。


ちなみに、どうしても嫌だと仰る方は「今後も絶対に墓泥棒のライブに行く気は無い」と名言してくださると、こちらとしても有り難い。

そんなこと言うやつの家には火をつけてやるからな。(嘘です)


以上、石井でした。

歌詞紹介その4、『カラコロ』

石井です。

歌詞紹介以外あまり書くことが無いことに気づき始めました。石井です。


第4弾は、墓泥棒結成当初の代表曲である渾身のド直球ラブバラード、『カラコロ』を紹介します。

それでは歌詞をご覧下さい。





『カラコロ』


明日、明後日のことは
僕にはわからない 見えない
十年、二十年先のことを
君は知らない 言えない

昨日と同じ愛の言葉
今日も繰り返すのは
昨日とは少し違う君と僕が
今日また愛し合うから

体のセックスよりもっと深いところで
君と繋がりたい
体のセックスよりもっと近い
心のセックスをしよう

きっと いつの時代になっても
争いは消えない 減らない
でも君と僕とが傷つけ合う理由は
どこにも無い 要らない

終わりの無い輪廻の途中に
たった百年の行きずり
救いようの無い生命の不条理に
臆すこともせずに
今日ただ愛し合うだけ

体のセックスよりもっと深いところで
君と繋がりたい
体のセックスよりもっと近い
心のセックスをしよう

理屈や道徳よりもっと深いところで
君と貫きたい
体のセックスよりもっと近い
心のセックスをしよう

心のセックスをしようぜ





この曲は、僕が昔お付き合いしていた女性が
「体のセックスより心のセックスをしようぜ」
というフレーズをTwitterで(僕と付き合う以前に)つぶやいていたのを僕が覚えていて、そのフレーズを歌詞に使えないかなと思って書いた曲です。

なので、墓泥棒結成以前に完成していた曲ということになります。

人を好きになった時の無敵感を歌った歌であり、改めて自分で見返しても「この時の俺、すげ~!」と思うほどに、無敵で最強な歌詞となっております。(まぁサビは自分のオリジナルではないのですが…汗)


特に自分で気に入っているのは2番のBメロで、

終わりの無い輪廻の途中に
たった百年の行きずり
救いようの無い生命の不条理に
臆すこともせずに
今日ただ愛し合うだけ

の部分です。

「死ぬまでずっと一緒にいる」という、一見とてつもなく難しく思えることを、「輪廻の途中の【たった】百年の行きずり」と言い切れてしまうところが恋愛のすごさですね。笑


その女性とは別れてしまったので、この曲を封印していた時期もありました。複雑な感情が混じってしまうとかではなく、逆に、もうその人のことを全然好きじゃないのにこの歌を歌うのは変だなと。

ただ、その後、自分の中で気持ちの変化があって、また歌うようになりました。

その頃の気持ちで歌うことはできないけど、紛れもなく過去の自分が残してくれた遺産であるし、何よりも、今の自分からしても素直に「いい歌だな。」と思えるようになったからです。

(この曲に限らず、そうやって復活させた曲は何曲かあります。)

曲に込められた想いを誰よりも理解していて、今でもいい歌だなと思える。ついでに言うなら著作権も自分にある。それなら歌わない理由も特に無いかなぁと。

まぁ、サビのフレーズを考えた人に「歌うな」と言われればちょっと考えますが、今のところクレームは来てないので、多分これからも大丈夫でしょう。笑


あと、最後に『カラコロ』というタイトルの由来について。
片仮名4文字で可愛らしい響きになっていますが、特に可愛らしい意味ではなく、単に「体のセックスより心のセックスをしようぜ」を省略したものです。体(カラダ)より心(ココロ)でカラコロ。

「それならカラココじゃね~の!?」
ってツッコミは受け付けていません。

以上、石井でした。

歌詞紹介その3、『毒。』

早くも歌詞紹介シリーズ第3弾。

今回は、数少ない墓泥棒のバラードナンバーであり、僕が弾き語りライブをする際ほぼ毎回披露している『毒。』という曲の歌詞紹介をしたいと思います。

それでは、まず歌詞をご覧下さい。





『毒。』


例えば幸せを数値で表せるなら
僕らの人生はプラマイゼロ むしろマイ?

「生きたさ」と「死にたさ」を
いつも天秤にかけてる
「生きること」「死ぬこと」に
優劣などないともう知ってる

僕が言う「希望」だとか 君の言う「救い」だとか
それさえも長い目で見れば
本当は毒なのかもしれない

見たくなけりゃ見なくていい未来
知りたくなけりゃ知らなくていい世界だ
でも君が生きてくれるのなら
君がいる世界の続きがまだ僕は見たい

どっちに転んでも大して変わらないなら
僕と転ぼうぜ ずっとじゃれ合おうぜ
甘い甘いこの毒を 二人飲み干すのさ
あの夜じゃなく この夜に 僕ら心中しようぜ

難しいことじゃないんだ
大したことじゃないんだ
「生きる」など それで十分だろ?
君がいる世界の続きがまだ僕は見たい

君の瞳の奥に映る僕を見ていたい

どっちに転んでも大して変わらないなら
僕と転ぼうぜ ずっとじゃれ合おうぜ
甘い甘いこの毒を 二人飲み干すのさ
あの夜じゃなく この夜に 僕ら心中しようぜ

僕ら心中しようぜ





この曲を聴いたことがある方はご存知かと思うのですが、最初から最後までほぼ同じコード進行で、似たようなメロディーの繰り返しとなっております。

それには理由がありまして、この曲の歌詞を書き始めるに当たって意識していたのが【最初から最後まで全部サビである】というイメージです。

実際には「どっちに転んでも~」から始まる箇所が1番の終わりと2番の終わりで繰り越し歌われているのでここがサビなんですけれども、どこをサビに持ってきても良いぐらいパワーのあるフレーズを全編通して並べたつもりです。


「毒を飲み干す」や「心中しようぜ」等のフレーズが出てきたり「死」を連想させるような歌詞の内容なので、重くて暗い歌かと思われるかもしれませんが決してそういう意味で書いてはいません。むしろ真逆と言っても良いかもしれません。

僕は歌詞の中で屁理屈を並べるのが好きです。世の中の仕組みがどうであれ、宇宙の道理がどうであれ、「じゃあこのように捉えてみればどうだろう。」と発想の転換を計ることで、自分にとって都合の良いように物事を解釈するのです。

もちろん、この世界で生きていく上でそんな屁理屈がまかり通ることは少なく、大抵は文字通り、ただの屁理屈で終わります。でも、歌の中でなら何を言ったって自由です。

自分の中で勝手な解釈を組み立てて歌うことで、自分自身が救われることもある。もしかしたら、誰かが僕の屁理屈を聞いて笑ったり、共感したり、妙に納得したりして、ポジティブな気持ちになれるかもしれない。そういう瞬間が、自分で歌詞を書いて歌うことの一番面白い部分だと僕は思っています。


話を『毒。』に戻しますと、この曲の歌詞は、まさに屁理屈のオンパレードです。僕の屁理屈ワールドを、これでもかというくらいに展開しまくっています。

その一つ一つを解説していくととんでもない長文になってしまいますし、歌詞の意味を想像しながら音楽を聴くのが好きな方もおられると思うので、それはしません。

ただ、重くて暗い心中の歌だと思われていたら少し不本意なので、一箇所だけ解説しておきます。笑


「あの夜(よ)じゃなく この夜(よる)に 僕ら心中しようぜ」
この部分、なぜ一つ目は(よる)じゃなくて(よ)と読むかと言いますと、この(よ)という響きに【夜】という言葉だけではなく【世】という言葉の意味を持たせているからです。

つまり、ここでの「あの夜」は、「あの世」という意味でもあるのです。

二つ目は(よる)と読んでますが、一つ目の「夜」と同じ字を当てることで、(よる)と読みながらも、先ほどと同じく【夜】と【世】の二つの意味を持たせています。

即ち「あの夜じゃなく この夜に」は、
「あの世じゃなく この世に」でもあるわけです。

「あの世」はもちろん死後の世界を意味します。
「この世」は今生きている現世のことです。
歌詞の冒頭から続く「生」と「死」、「僕」と「君」についての話の結論をサビの最後の一文で述べています。


僕の場合、見たまんまで分かるストレートな歌詞が好きなので、こういうややこしいことはしないタイプなのですが、この部分に関してはこの方が美しいと思ったので少しひねった表現をしています。

あとは概ねストレートな表現なのでわかりやすいかと思います。

歌詞について詳しく聞きたいという方がおられたら、ライブ会場などでお会いした際に聞いていただければお答えしますので、お気軽にお声かけ下さいね。(他の曲についての質問もどうぞ)

歌詞についてはこだわっているので、注目して聴いていただけると僕自身とても嬉しいです。

そのくせ墓泥棒のライブでは歌詞が全く聞き取れないと言われるので、今年からは歌詞も届けられるように頑張っていきたいと思っております。笑


あと最後に、お詫びなのですが、2行目に出てくる
「プラマイゼロ むしろマイ?」
というフレーズは、昔「エンタの神様」というテレビ番組に出演されていた「こりゃめでてーな」というお笑い芸人さんのネタから拝借しました。(パクりました)
無断で引用してすみませんでした。

(ところで最近あの人達見ないけど何してるんだろ…。)

それでは今回はこの辺で。
石井でした。

決意表明

今年は墓泥棒にとって勝負の年と位置付けています。


墓泥棒が初めてライブを行ったのが平成25年の12月29日ですから、すでに3年が経過しています。

その間メンバーチェンジがあってライブをすることが出来ない期間があったり、メンバーの仕事の都合によりライブの本数が元々少ないこともありますが、頻度は低いなりにもライブ活動を3年続けて来たバンドのわりには知名度は低いと言わざるを得ないでしょう。

そう、僕たちは人気がありません。


ライブ活動をされている方なら承知のことでしょうが、ライブハウスでライブを行う際、出演者には「チケットノルマ(以下、ノルマと呼ぶ)」というものが発生します。

ライブハウスによって、あるいはイベントによってそのノルマの枚数や値段はまちまちですが、多いのは【メンバー1名につき4枚】というパターンでしょうか。

例えば僕らは4人編成なので、1回のライブにつき16枚のノルマが課せられます。すなわち「16枚はチケットを売ってくださいね(お客さん16人は呼んでくださいね)。」ということです。売れなかった場合はどうなるか?当然、自己負担です。だってノルマなのですから。

仮にチケット料金1500円(+ドリンク代500円)のライブで、お客さんを1人も呼べなかったとしましょう。その場合、

1500×16-0=24000

で、2万4000円が僕らの自己負担額となります。メンバー1人あたり6000円ですね。実際、お客さんゼロってことはあんまり無いんで(平均2~3人ぐらい大汗)、実際には全額では無いのですが、それでも大部分を自腹で賄ってるのが現状です。


いや、わかってるんですよ。重々わかってるんです。お客さんを呼べない、人気の無い我々が悪いんです。ただ…ベース木村くんのように音楽に全てを捧げる熱きミュージシャンの方々ならともかく、僕のような休日限定ロックンローラーにとって、このノルマはあまりにも高額です。

でもプロになりたいとか有名になりたくてやっているわけではないし、月に1~2本ライブするだけなら経済的負担もそこまで大きいわけではないから、「まぁ自分達が楽しければ良いか」と、お客さんが一向に増えない現状に永らく甘んじていました。



では、なぜ「今年は勝負の年」と言い張るのか?



これはバンドメンバーというより、僕個人の気持ちの問題によるところが大きいです。

僕ももう32歳という、それなりにいい歳になりました。仕事でも徐々に責任を負わなければいけない立場になり、プライベートでも結婚を考える時期に差し掛かっています。

今後、自分の自由に使える時間やお金が今よりずっと限られて来るでしょう。そうなった時に、

「お客さん入らないけど、まぁ楽しければ良いか…」
「ノルマ高いけど、ライブの頻度を減らせば良いか…」

そんな気持ちで、果たしてバンドに対するモチベーションを維持することが出来るでしょうか?


幸か不幸か、僕にはソロ(弾き語り)という活動手段があります。練習するのにもお金がかかるバンドと違って弾き語りは家でも練習できますし、アコースティックなライブだとバンドほど多くの機材を必要としないこともあり、バンドでのライブよりノルマが安い場合も多いです(ライブハウス以外の小さな会場でのライブなど)。

ノルマが同じ1人4枚だったとしても、バンドなら16枚のところがソロの場合たったの4枚。お客さん2人呼べたら半分クリアです。バンドならあと14枚売らないといけないのに。笑

正直、ソロでもバンドでも集客力はどっこいどっこいなので、普通に考えてずっと続けていけるのはソロかなと思います。

でも、果たして本当にそれでいいのでしょうか。


この飽きっぽい僕が曲がりなりにも10年近く音楽を続けて来れて、やっぱりソロよりもバンドという活動形態の方が好きで、僕の作る曲を好きと言ってくれる仲間にも恵まれて、本当にこのまま終わって良いのか。

自分が忙しくなって活動継続できなくなるまで惰性で活動して、自然消滅みたいな形で終わってしまったら、激しく後悔するのではないか。


だとするならば、答えは簡単です。

もっとお客さんを呼べるバンドになればいい。
もっと必要とされるバンドになればいい。

ノルマを達成することが出来ればタダでライブができるわけですから、もし結婚してお小遣いが少なかったとしてもライブし放題です。笑

「そんな簡単に客呼べたら苦労しねーよ!」
って言われるのは承知の上です。簡単ではないことはわかってます。コンスタントに16人ものお客さん呼ぶってことがどれほど大変なことかは想像に難くないですけど、千里の道も一歩から。

幸い、曲には自信がありますし、お褒めの言葉を頂戴する機会も少なくありませんので、ライブ自体の(ショーとしての)完成度を高めることや、自分たちの音楽を知ってもらう努力をより幅広く行っていけば、もっと世間に認知されるバンドになることは不可能では無いと思います。

今年こそ、いや、今年からは、お客さんが呼べるバンドを目指します。



具体的な数字は決めてないんですけど、今年中に飛躍のきっかけを掴めなかったら、はっきり言ってもう終わりだと思ってます。

だから今年が「勝負の年」なのです。

売れたいとか、有名になりたいとかより、ずいぶんと志の低い目標ではありますが、かなり切実な目標でもあります。

墓泥棒が数年先も存続できるかどうか。
石井智也がバンド活動を継続していけるかどうか。
それを賭けた闘いの一年です。

どうか、見届けてやってください。


長文になってしまいましたが、最後にライブ告知をさせてください。

3月12日(日曜)に、倉敷レッドボックスにて墓泥棒の今年1発目のライブを行います。今の墓泥棒の【覚悟】を歌う最新曲も披露する予定です。

背水の陣でぶちかましますので、どなた様も是非お越しになってください。


それでは。石井でした。